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--年--月--日--時--分--秒コメント:-
伊坂幸太郎の本を読んだ。
もやしもんを読み始めた。
B型H系を読み始めた。
髭を聴き始めた。
塾に行き初めてやめてまた行き始めた。
ミツマロに出会った。
フェスじゃないライブに初めて行った。
服装に微々たるものだが気を配り始めた。
ゲームを7本やった。
外付けのHDDを買った。
ボアダムスを聴き始めた。
OOIOOを聴き始めた。
志望校を決めた。
少しだけ勉強をした。
初めて模試を受けた。
将来について少し考えた。
携帯を変えた。
このブログを始めた。
知り合いが増えた。
元同級生と出会った。
ブックマークに入ってるサイトが増えた。
背が伸びて体重が増えて座高が高くなった。
握力が増えた。
肺活量が減った。
目が悪くなった。
ギターを始め、一瞬で挫折した。
小冊子を思いついた。
WOWOWが我が家に来た。
新潟の祖母のテレビが47型になっていた。
来年は勉強するんじゃあなかろうか。
2006年12月31日02時24分42秒コメント:0
あと12時間位すると幕張で「岸田ーー!!」とか叫んでるはずです。そこからさらに2時間位するとフジファブリックのすばらしさを噛みしめながら奇声を上げているんでしょう。ワクワクしてきた。まるで孫悟空。来年は行けないので思う存分楽しみたい所存です。来年行ったらある意味凄い。また大晦日には舞浜に降りていくカッポーどもが見えるわけで、まあだからって羨ましくもないが。唯一残念なのはカウントダウンが微妙と言うことだ。
2006年12月29日01時11分22秒コメント:0
伊坂幸太郎の「アヒルと鴨のコインロッカー」読了。面白すぎて4時間くらいで読んだ。この人はマジで天才何じゃあないだろうか。青春、且つミステリーそしてスタイリッシュ。最高だ。
2006年12月28日01時36分37秒コメント:2
勉強できる奴超凄い。マジ凄い。勉強できる度合いに比例して凄い。「勉強じゃ人間は計れない」とかいう意見も聞くけどそれでも凄い。生まれながらにして歌がうまい。いるじゃん、こういう人は。運動できます、絵を巧く描けます。これもまあいるじゃん。でも生まれながらにして3次関数解けますみたいな人いないじゃん。生まれながらにして物理解けます、いないじゃん。凄い。それを努力で解けるようになったって言うのは凄い。足し算引き算とか言葉をしゃべるとかとは一線を画す能力だよ、そういうのは。んで、そういうのを解くのが好きですって言う人もたまにいる。それはわかる。好きなことをやってたら能力が付く。理解可能だ。でも「別に興味も面白味もないけどしなくちゃいけないから」みたいなスタンスでいい成績取ってる奴は凄い。もっと凄い。嫌なことを進んで人並み以上にやろうなんて、しかも実践なんて。もうこれは凄いよ。自分が好きなことしかできない分凄さを感じる。絵を描ける人も尊敬する。
2006年12月27日03時31分37秒コメント:0
みたいなことを今から40分くらい前に書いた。そしてついさっき吐いてきた。おかげで今は楽だ。なんというか金で買ったアルコールをそのまま吐瀉物に再生産という非常に頭の悪い感じに成り果ててしまっている。いい加減次は酒を今より控えようとも思うんだが飲むと忘れて飲んでしまう。ひどいなあ。とりあえず次は寝ないことを目標にしたい。石神、森本、非常にすまんかった。便所に吐くときに一緒に涙が出た。分類しづらい涙だ。家じゃなくて漫画喫茶っていうのがいよいよ終わりかけてきた感じで今猛省しています。次はちゃんと、したい。兄よ、こうなってはいけない。胃酸で喉を辛くしてはいけない。そろそろ帰ろうかと思う。金持っててよかったと、今、心から安心している。
2006年12月25日22時40分03秒コメント:0
コメント欄に記事で反応したくないのですが誤解を解くべく。記事にタイトルを付け始めたのが12月の7日だと思われるのですが、そのちょっと前の11月25日に一戸がタイトルを二文字にするのをやめたわけです。そして暇人の方でタイトルを二文字にし始めたわけで、その流れにのっかってタイトルを付けようと俺の中で決定し、ただ熟語とかも今更だし記事に沿ったタイトルも普通なんで関係ないのをつけようってことで今のタイトルのような「ラノベのような人の名前が付いたなんかのタイトルっぽい題名」になったわけです。意図した訳じゃないけど何となくそんな感じになった。そして人の名前は全部ブログの記事を書き始めるときに何となく最初にインスピレーションで浮かんだものを描いてるわけで、決してエロゲなんかではない。被ったとしてもたまたまだ。放置しておくとそうなんだと納得され真実になってしまいそうなので書いた。
もやしもんを買った。特別版は当たり前だがとうに売り切れていたので通常版を買った。悔しさのあまりげんしけんの特別版を買いそうになった。いや、買ってしまう。このままであっさり買いかねない。まず沙村広明が描いている。そして畑健二郎も描いている。そんな同人誌とか超欲しいだろ。そしてもやしもんだ。もはやこの楽しさは宇宙規模ですよ。長谷川!とか叫びながらベッドの上をボインボイン跳ね回った。素晴らしい。本当に素晴らしいよ。石川さん、あんたすげえ大人だよ!!わてもあんたみたいになったる、なったるでーー!!みたいな感じです。
薄い皮膜の話。自分の回りには薄い皮膜がある。それは僕を包んでいる。世界はこの薄い皮膜に遮られて入ってこない。世界は僕の干渉によって開き、触り、存在することが出来る。いつ頃からこの皮膜があるのかは知らない。この皮膜のおかげで胎内にいる乳児のように安寧の時を享受していられる。もしこの皮膜が破れたら僕はどうなるのだろうか。赤子のように息も出来ず、誰かが背中をたたくのを待つのだろうか。泣くのだろうか。泣いて、順応していくのだろうか。この世界の論理に従って生きていくのだろうか。懐疑の心を忘れるのだろうか。それとも壊れるのだろうか。雪崩のように押し寄せる圧倒的な他者と悪夢のような論理と裁きによって僕の心はバラバラになるのだろうか。我思う、故に我あり。デカルトは言う。壊れたら、この世界には何があるというのだろう。目覚めたら、順応したら何が目に映る。何が聞こえてくる。審判の日は来ない。神は死んだ。世界は救世主なんかじゃ救えない。メシアじゃ意味がない。そんなものに頼るうちに死ぬ。死はメシアか? 死は終わりだ。輪廻でも救済でもない。一切が終わる。宇宙も終わる。矛盾も終わる。論理も感情も。皮膜が破られるとき、たぶん宇宙も変わって、何かしら見えるかもしれない。今見ている世界を忘れたくない。それは死だから。解らぬほど怖いものはない。理解は勝利への道だ。適当に片仮名を書き連ねてもアリストファネスは出てこない。理解が必要で、そして構築が必要で、運用が必要で、防御が必要で、覚悟が必要で、絶え間無い思考が必要で、行動が必要だ。世界は何も施してはくれない。求めよ、さらば与えられん。よく見ろ。何が起こっているか。縛られること、思考の停止、流されること、怠惰。そんなことではダメ。いつの間にか取り込まれてしまう。その先には虚しさしか見えない。疲労と後悔があるだけなんて救いが無さ過ぎる。人は一人だ。一人でしかない。残念ながら。世界も一つだ。一つしかない。二つもいらない。同一を目指す必要がない。自らの頭で考えたことは誰にも阻害されない。世界を救えるのは自分だけなんだ。回りを救うのは先だ。哲人にでもならなければ。自らを救おう。腐れ切った集団意識なんて何の用があるのか。枠組みは社会だけでいい。人格に属性なんてポケモンでもあるまいし。二元論を捨てろ。自分の感じる世界は全てではない。そろそろ社会は変わる。次に来るのは圧倒的な個人主義だ。そしてたぶん今の社会の最後尾に自分たちはいる。これは怖い。さっきまでサッカーやってたらいきなりラグビーになるようなものだ。じゃあ何が必要なのか。一人の力だ。動け。ルールは体で覚えろ。それか競争を捨てろ。道はあまりない。必要なのは自分自身で考える力を持つことだ。引っ張り揚げられた魚は進化する前に死ぬ。自ら上がったものは生き延びる。深海で、進化をやめても生き残る。適応か、競争から引くか。グズグズしてると席は埋まる。
2006年12月24日05時50分53秒コメント:0
自分が夏とそんなに違わない生活をしている。自分の誕生日とかライブとかじゃない限り日々のイベントに興味がないので夏も冬も変わらない。寒くなったり暑くなったりで服を着たり脱いだりくらいだ。春夏秋冬淡々と生活が終わっていく。カウントダウンには少しばかり季節を感じる。
日々妄想がひどくなっている気がする。一回妄想が走り始めると他のことを一切考えられなくなるのがつらい。本を読んだりネットをしてるのにいきなり妄想が脳味噌に割り込む感覚。あまりよろしくない。昔は抵抗して無理に本とか読んでいたが全くの無駄なのが解ったので今は大人しく妄想が収まるまで待っている。この妄想は速すぎて文章どころか考える端から忘れていくのが悲しい。きっと脳は活性化しまくりに違いない。そういって自分を慰めている。
手帳を買いに行ってビビったのがカレンダーの日曜始まりは一般的ではないこと。週間とか一月だと何の記載もなければ月曜始まりなのだ。おかしいだろう。カレンダーに合わせろ。おかげで一つ間違えて買ってしまった。
2006年12月23日01時52分52秒コメント:4
これから色々書くが、家庭内のどうしようもなくどうしようもない問題なので見ない方がいいと思う。書く自分も大分どうかと思うが、自分内で一応ここは日記なので書きたいように書く。恨み辛みが書き連ねてあるし、読んでて気分のいいもんではない。こんなとこに書いて同情でも欲しいかという気分にもなるかもしれない。正直何の実にもならぬ下らんことだ。笑いもないし感心も感動も興奮もない。思春期の男のどうしようもない愚痴です。
じゃあ何で書くかと言えばそんな気分だからだ。同情が欲しい気持ちだって0ではないし、可哀想な自分アピールでもある。鬱積してる気持ちを少しでも軽くするためでもあるし、書いて色々整理をつけたいのもある。要は公開オナニーみたいなものだ。自分が気持ちよくなるために書き散らす。人が読むところでこういうことをやるのはどうかと思うし、いわゆる「チラシの裏」だとも思う。この記事全体が相当可哀想だと思う。公正な意見でも視点でもない。でも書きたいので書く。なんだか申し訳ない。気分を悪くしたら本当にごめんなさい。特に山口。
成績についてはいいです。今日一日こればっかり自慢したし、言い尽くしたし、やったら出来ることも分かったし、やらなきゃ行けないこと、足りないことが分かった。それでいいんだ。ただ、それ以上の問題が浮上した。
亀岡に一筆頂かないと僕は高3になれない。
成績表に欠席が付いていた。実際には5限まで休んで6限に遅刻した。だから欠課1遅刻1なんだがカトシュウが間違えて欠席のままにした。それが付いた。それを見て母親激怒。高校2年以降欠席したら授業料を払わないというのが取り決めだから。おかげで僕は3学期の始業式までに亀岡に「これは欠席ではありません」という署名をもらわない限り退学。だそうだ。カウントダウンまでに貰ってこないとカウントダウンすら行けないかもしれない。余りに面倒くさくて吐き気がしてきた。遅刻8についてすさまじい勢いで言われた。まあ言われなくても3学期は真面目に出ないと進級できないんだがな。
うちは両親、兄共に非常に真面目で兄貴なんて皆勤賞だか精勤賞だかをとってたし、親父なんて中学高校で皆勤だったらしいし、何でこんな息子が生まれてくるのか本当に実子か疑いたくなる。育て方が悪いとも思えないし、ただ僕と両親には決して相入れることのない考えの壁みたいなものが確固として存在しているのをひしひしと感じる。たぶんこれからも相入れないと予想できるのが悲しい。人と人とは解り合えない。もう放棄したとはいえここまで突きつけられると悲しくもなるし、そういう人が自分の親で今現在の僕の人生の結構な部分を握ってると思うと怒りが湧いてくる。哀しい。怒りの落ちどころもないし、振り上げた拳も落ちどころがない。悲しさと怒りととてつもない虚しさが心に去来する。カウントダウンは行きたいので頑張ります。
横山のレポートがC+。もう自分には文章を書いて生きていく道がないとしか思えない。ぐっさんとの差がこういう悲しいほどの実際的数値に出るともう虚無感やら焦りやら羨望やらで訳が分からなくなる。色々差が大きすぎて。自分が安定してないから訳解らん自信と不安感で揺れ動いてしまうのだ。何も出来ない自分が辛すぎる。本当に自分には何もなくてその差を埋める手段すら見あたらん。文章?もはやそれすら。酔ってないのにこういう文章を書いてる辺りが気持ち悪すぎる。恥だらけの人生にどんどん恥の上乗せ上塗り、ああああああああああああ。これを書いても明日笑顔とかそういう自分とか色々含め今色々ダメな気分です。
最後に。こんなもん読ませてホントごめんなさい。他に上手い手段も思いつかず。バカだなあって笑ってくれると一番いいかも。基本スルーでお願いします。本当に申し訳ない。
2006年12月20日02時21分38秒コメント:1
ライブお疲れさまでした。武蔵のバンドはやっぱりみんな上手いですね。
T2。やっぱノミョウさん歌うまい。今回はギターをがんがん弾いていたのがすごく新鮮。ピートは良かった。腕の回り方がすごく綺麗。ノッキンオンヘブンズドアがいい感じに鳴っていました。最後のバーティゴがすさまじい勢いで、図らずもだいぶ興奮した。これで解散は惜しいです。お疲れさま。楽しかった。
ハルヘンはワコの滑舌の悪さを除けばすごく良かった。オリジナルが前回よりかっちりまとまってすごく聞きやすかった。バンドの噛み合い具合が実に良かった。もっと山本が歌っても良かったのかもしれない。ワコの作った曲は見た感じ誰も誉めてないが良かった。ストーンズっぽかった。山本のとは雰囲気の違いがあってすごくいいと思う。
カックンはまさかのインストでした。どの曲も3人とは思えない音の厚みで聞いてて心地よかった。音のバラツきもなかった。オリジナルが初とは思えぬ出色の出来。アンコールも含めトリにふさわしい演奏だったんじゃないかと。神藤君がブーツさえ履いてなければ。
楽しいライブでした。代償として今でも耳がキンキンします。勘弁して。
明日からの冬期講習のため塾の新宿校の校舎の場所を調べようと昨日塾からもらったパンフレットを見たら新宿校が書いてない。何のミステリーだろうか。もしや存在しないのか……?
2006年12月19日01時23分03秒コメント:0
女ばかりの場所にいると鬱になる自分がいる。今日のテストは9割くらい女で始終外に出てた。部屋にいるとどんどん精神が落ち込んでいくからだ。外に出ても女性ばかりで嫌になる。うちの塾はやたら女子率が高い気がするんだがそれは文系だから何だろうか?男って大概一人か二人だ。
すごい綺麗な人を一人見るだけで一日幸せでいられる。しかも基準が低いので人より幸せになる確率が高い。僕の幸せは相当低燃費です。今日は新書のコーナーにいた人がものすごい好みで焦って何度も見てしまった。相当気が違ってる行動だ。まあ致し方ないところはある
蒼井優の表紙につられてポケモンの本を読んだらまたポケモンやりたい欲が沸き上がってきた。パールがすごく面白そうだ。DSは買ってもしょうがないから貸して欲しい。
2006年12月18日02時58分06秒コメント:0
参考書が家に結構ある。川崎兄ほどではないにしても思ったより大量にある。数学なんて5冊くらいある。しかも全部ほとんど手を付けていない。危機感を覚えて買ったものの結局放置というダメ黄金パターンだ。そういう恥の歴史が積み重ねられている。これからもこういう恥が積み重ねられていくのは予想に難くない。部屋を見れば人間性なんて一発で分かりそうな気もする。俺が典型的なだけだが。
上にバニラがのっかってる真っ白なプリンを買ってきて冷蔵庫に置いておいたところ母親に「そういうのが好きってことは女の趣味もかわいらしいのが好きなんじゃないか」という旨の発言された。残念ながら違う気がする。甘味の趣味と女性の趣味は比例するとするとワコはクッキーか?和は渋い女性が好きなのか?多治見は一個何百円とかする高級チョコ?石神はショートケーキ?全部適当なイメージだ。
明日は2時頃までテスト。明後日はライブ。そして終業式当日から冬期講習。一日暇って少ない。あったところで何をするわけでもない。どうせろくなことをしないのは夏休みを考えれば明らかなので暇なくていいのかなと思ったり。中野に久々に立ち寄ったら画集が素晴らしく欲しくなってきた。でもここを越えたら……という葛藤がある。何となくCDとか画集って一線を画すものだと思う。しかし欲しい。表紙がカッコいい。何より重要なのはそのゲームをやってなくてすごくやりたくなってきたってことだ。……暇ない方がいい。
2006年12月17日02時08分16秒コメント:0
柿ピーの話をすると大概の人間はピーが主役だという。時には「むしろ柿の種なんて……」みたいな言い方する奴もいる。いや、お前等はピーナッツ食ってろ、袋詰めの。何でピーが入ってるって、それは柿の種の辛さを和らげるためだろ。柿あってのピーだろ。そんなにピーが好きならピーナッツだけ食ってろ、袋詰めの。ハムスターみたいに頬に詰めればいい。
家に帰ると母親があのFAXは何だ、といっていた。なんだといわれても存じません。詳しく聞くとなにやらマンガのようなものが送られてきたらしい、というか漫画だ。漫画家が描いたネームだ。5、6枚あるし。
「わはははははははははははは!!」
まさかのネーム誤送信。しかも少女漫画。
「わははははははははははははは!!」
しかもどうやら感動、山場のシーンらしい。
「わははははははははははははははははは!」
ひとしきり笑った。笑った後調べた。知らない漫画で、知らない出版社から出てた。来月号の掲載がすごく見たい。また届いてくれないだろうか
2006年12月16日02時30分28秒コメント:3
僕の脳味噌は謎の妄想を普段から垂れ流している。これは腐っているのか、いないのか。もやしもんによると発酵と腐敗の違いは大ざっぱに言って人に有用か否かだそうです。ということは、この妄想群を人の世に還元することが出来れば俺の脳味噌は発酵していたということであり、出来なければ即ち腐っていたってことだ。頑張って還元させていきたい。
年末のライブでVOLAと電気グルーヴの時間が被っているんだがどっちに行けばいいのか分からない。その前まで電気がやるステージにいる。電気グルーヴのライブ盤を聴くと電気がいいなあと思うんだがVOLAを聴いているとやっぱりVOLAかなあと思う。これはどうすれば後悔しない決断が出来るのか分からない。真剣に分身したい。
妄想と想像の差。妄想は汚い。想像は純粋。妄想は引かれる。想像は笑われる。
2006年12月15日01時06分59秒コメント:0
昨日今日で色々ありまして、まあ恥ずかしいというか、遅かれ早かれ経験するとはいえなんか岬まで駆け出したい気分でした。自分の書いたもんを知人に読んでもらう。精神が摩滅していきそうだ。ここは何かほら適当に書いててさみたいな言い訳可能なスペースだがそういう言い訳が一切聞かないところに放り出されると、途端に不安焦燥そういった諸々が心のドアをぶち破る勢いで叩いてくるのできついんです。要は良くない物を人に見せるのが怖いんですよ。自分の力量不足を晒すのは辛い。辛いが経ていかなければならない作業。批判は100分の1に、賞賛は1000倍にして真摯に受け取りたいと思う次第です。
もはや冬休みなので色々と記念祭、小冊子やる内容を詰めていかねばならんとまあ思う。書く人間が最終的に誰なのか、とかそういう根本事項が分かってない辺りがいい。明確に返事を貰ってない人が何人かいる。愛想笑いによる拒絶という回答だったのかもしれないが武田君はそんな高度なコミュニケーション能力は持ち合わせていないのでもっとはっきり、平手で顔を叩くぐらいの勢いで断ってくれないと困る。困らないけど俺が困った顔をする。まあブログ書いてる人は全員だから。よろしく。バンド界隈も全員だな。書く人は出来るだけ冬休みに内容を煮詰めて、出来れば書いて着て欲しい。記念祭のパンフで使う絵を書きたい人は申し出てね。その企画の一環として座談会をやりたい。出来ればクリスマスにやりたい。5,6人で集まって、飲みながらICレコーダーを前にボソボソしゃべるというのが趣旨です。やるかどうかわからないけど、凄くやりたいんで、俺個人がね。三段噺みたいなのもやりたいのでお題を募集する。皆もやりたいことあったら気軽にやるといいよ。これ通らなさそうだなって思っても印刷所に頼んで印刷して石神のところで配るという変則技があるので気にするな。あんまりひどいと俺が規制しますが、全部通したいんだよね。がんばります。当然内容は18禁は完全NGです。自分のパソコンにでも書いて。
2006年12月14日02時31分08秒コメント:0
クルミの蜜揚げというのが今家にある。文字通りクルミを蜜で揚げたものだ。正直言ってこれはおいしすぎる。クルミなんて単体でも相当おいしい。それが蜜でコーティングされたことによって、クルミの苦みと密の甘さが相まって素晴らしい味がする。今日見つけたんだがコーヒーの缶くらいの大きさに入っていたクルミたちはあっという間になくなりかけてもう残り一割くらいしかない。明日買ってしまうかもしれない
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僕はメール受信機かもしれない。今日そんなこと思いついた。訳はある。それはメールが来るときにトイレに行く確率が異様に高いからだ。メールを送る。他のことをしている間に来るかと思いきや来ない。5、6分待つが来ない。そのうちなぜか妙にトイレに行きたくなる。トイレから帰ると受信している。こんなことがもう何十回と繰り返されている。みんながメールを返すタイミングと偶然合ってるわけがない。1分もたたずにトイレに行って帰ってくるとやっぱり受信している。30分くらい経って行っても、帰ってくるとやっぱり受信している。色々考えていくと自分は受信機なんじゃないかって結論に達する。受信すると受信を知らせる音楽が鳴ったり。バイブしたりする代わりにトイレに行くのだ。
2006年12月11日03時12分38秒コメント:0